トンイ 第54回

「欲望の果て」というタイトル通りのお話でした。そして見終わった後、どうしようもない虚しさと哀しさが心に残りました。


オクチョンたちがこれまでにしてきたことが全て明らかになり、王様もこれ以上 彼女を許すことができず、彼女を訪ねて自決するよう話します。でもオクチョンはそれを断り、王様の手によって死にたいと、毒薬による処刑を望みました。


王様としては一度は愛した女性ですし、世子の母であり、一時期は王妃の座にあったオクチョンを罪人として罰するに忍びなかったのだと思います。また「凛として輝くそなたがこうなったのは、そばにいた余にも責任があった」と語ったように、彼女だけが悪かったわけではないことにも気づいていました(監督不行届ですよね)。だから自ら命を断つよう言ったのだと思うのですが、オクチョンの思いはそうではありませんでした。


自分は何も悔いてはいない。たとえ時が遡っても同じ道を選ぶだろう。ただ一つ、胸が痛むほど悔やまれるのは王様を本気で慕ったこと。そうでなければ全てを欲することも、淑嬪(トンイ)を憎むことも決してなかっただろう。王様を本気で慕うという自分が犯したたった一つの過ちを罰してほしい。王様の手で自分の命の火を消してほしい。自分を殺す苦痛から逃げないでほしい。たとえほんの刹那でも自分のことを慈しんだなら、王様も少しは苦しむべきではないか………というのがオクチョンの言い分です。


王様のことを散々苦しめておいて、まだ言うか?!と、正直 最初は思いました。この言葉が王様に対する復讐のようにも聞こえて…。でも少し時間をおいて考えた時、オクチョンはせめて自分の最期にしっかり向き合ってほしいと王様に訴えていたのではないかとも思えてきました。(なんて哀しい愛の告白でしょう…)


世子が生まれた頃から王様の心はトンイに向けられていき、オクチョンを顧みることは減っていきました。オクチョンが王妃から禧嬪に降格されてからは恐らく王様のお渡りもなく、王宮殿から遠く離れた住まいで寂しく暮らしていたはずです。決してトンイが意図的にオクチョンから王様を奪ったのではありませんが、トンイが王様の側室になり2人も王子を産んだのをオクチョンがどんな思いで見つめていたかは想像に難くありません。


今回、オクチョンは全ての事件は自分が指示したと自白しましたが、実際には母親や兄ヒジェがオクチョンの知らないところでやってしまったこともあります。オクチョンのためを思ってしたこととはいえ、愚かな母親や兄に足を引っ張られたことは可哀想に思いますし、トンイとの出会いもオクチョンにとっては幸せなものではなかったと言えます。


でも、そもそもトンイが宮廷の奴婢になったのは、宮廷に入って父と兄を死に追いやった真犯人を突き止めるためでした。もしもオクチョンがオ・テソクと手を組んで、無実のコムゲに罪を着せたりしなければ、トンイは宮廷に入ろうなどと考えなかったはずですし、王様と出会うこともなかったのです。あのまま父と兄が無事でいたら、トンイは本当にチョンス兄さんと結婚したかもしれません。オクチョンによって人生を狂わされた人がどれだけ大勢いたことか。それが回り回ってオクチョンに返ってきただけのことで、トンイを恨むのは筋違いです。 宮廷入りを目論んだ時点でオクチョンにはそれなりの野心があったはずですし、「王様を本気でお慕いしなければ全てを欲することもなかった」というのはやっぱり違いますよね。


毒薬による処刑は、当時 重臣や王族に対して行われていたものだそうですが、罪人が自分で毒を飲まなければならない分、厳しい刑のように思えます。日本だったら処刑する代わりに寺に預けて仏門に入れるという方法もあったんじゃないかと思いますが、朝鮮ではそういう習慣はなかったのでしょうか? 仏教は古くから伝わっていたはずですが、王室と仏教の繋がりはドラマではよくわかりません。


オクチョンの死は王様にも世子にもトンイにも他の人々にも大きな傷を残しそうです。今回、オクチョンの母と兄は流刑に処せられましたが、身内をことごとく失った世子を王様はどうやって守り支えていくのか見ていきたいと思います。




mkm




トンイ 第53回

もうヤケクソというか、何というか…。


世子から病気のことを聞かされた王様はただただ驚きショックを受け、オクチョンを訪ねると激しい怒りの言葉を浴びせて彼女を突き放しました。同じ頃、オクチョンの母がトンイの家に放火したことがばれて捕まるわ、世子の病気のことが重臣たちに広まってしまいオクチョンに味方していた重臣たちも離れていくわで、今までオクチョンが必死に守ってきたものが まるで掌から砂がこぼれ落ちるようにあっという間になくなっていきました。


自業自得だと思いながらも、ここまではオクチョンがなんだか可哀想にも思えていたんです。
それなのに、それなのに…。


母親が捕えられてさすがのオクチョンも生きる気力を失いかけていたのですが、「生き残らねば、復讐せねば」とたき付ける兄の言葉に、トンイとクムの暗殺計画を立てるんです。「自分だけが全てを失うわけにはいかない。自分と同じように、淑嬪も全てを失うべきだ」などと言って。


オクチョンが全てを失ったのは彼女のせいです。トンイが陰謀を企ててオクチョンから全てを奪ったのではないのです。トンイも自分の子どもを何より大切に思っていますが、それでもトンイは世子を気遣い、世子が傷つかないよう心を砕いていますし、王室の一員として王室が揺るがないよう自分にできる最善を尽くしているんです。(一緒にするな です。


警備が厳重なトンイの住まいを襲わせるため、オクチョンは策略を練ります。
① まず宮廷内に放火して、人々の目をそちらに向ける。
② 火事が激しくて手に負えない場合は鐘を鳴らして近隣の民を火消し手伝いに呼ぶので、その民に刺客を紛れ込ませる。
③ そのためには盛大に燃やす必要があるので、よく燃える油を宮廷の蔵から盗み出す。
④ そして火をつけた場所は、あろうことか東宮殿  
  (正気の沙汰とは思えませんね)


火事の直前までは、追い詰められたオクチョンが何をするかわからないためクムを連れて避難しようとしていたトンイですが、ちょうどその時 東宮殿から火が出たため自分たちの身を守ることは忘れてしまい、ただ世子を心配してチョンス兄さんを東宮殿に行かせてしまいました。そしてチョンス兄さんは東宮殿に向かう途中で怪しい男たちを見かけて急いで戻ろうとしたんですが間に合わず、トンイは賊に切られてしまって次回に続く…。


それにしても火事の時、世子はどこにいたのでしょう。いくらなんでも世子を危険な目に遭わせるとは思えませんし、火が出てからのオクチョンは、ただただ暗殺計画の成功を祈っているようで世子の心配をしている気配はありませんでしたので、恐らく事前にどこか安全なところに移したのだろうと思っていたのですが、東宮殿付きの女官や内官は世子様の行方がわからないと血眼になっています。


そして心配して駆け付けた王様は、世子の行方がわからないと聞くやいなや真っ青になって燃え盛る東宮殿に飛び込んで行ったのです(王様の気持ちは痛いほどわかるんですが、ここは自重しないと…。王様が飛び込むと、当然お付きの者たちも後に続きますから、どう考えても消火作業の邪魔にしかならないと思うんですよね)。


心から世子を心配する人たちを騙して(クムまで自分づきの女官を東宮殿に行かせたんです)、その上トンイたちを殺そうとするなんて、絶対やっちゃいけないことです。今までいろんな悪事をはたらいてきたオクチョンですが、もうほんとにおしまいだよ…と何だか哀しい思いで見ました。何より世子が可哀想で………。


ここから世子のことを語りだすと長くなりますので、また改めます。
宮廷に権力争いはつきものですし、オクチョンが特別ひどいわけではないのかもしれません(今までに朝鮮王朝を舞台にしたドラマを見たことがないのでよくわからないのですけれど…)。権力争いの影で、世子のような真っ直ぐな心を持った若者が苦しむこともきっと多かったのでしょうね。宮廷って本当に大変なところです。




mkm






トンイ 第52回  

「過ぎたるは及ばざるがごとし」


ドラマを見ている間、この言葉が何度も頭をよぎりました。
「世子を守らねば。そのためにトンイとクムを追い出さねば」というオクチョンの思いが強過ぎて、それが世子を追い詰め、結局はオクチョンが最も恐れていた事態を招くことになったのです。(ため息)


最初は世子の行方がわからなくなって、オクチョンは ただただ心配していました。ところが世子とクムが一緒に宮廷を出たらしいとわかるやいなやクムが世子を唆したと決めつけてクムを罰せよ追放せよと言い募り、世子の話には一切耳を貸そうとしなくなったのです。

オクチョンだけでなく、オクチョン派の重臣たちまでクムを罰せよと大合唱を始めて宮廷中は大騒ぎになってしまって、世子は自分のせいでクムが傷つけられると心を痛めます。そしてとうとう王様を訪ねて、自分は大病を患っていて世子の座を守る資格がないと告げてしまうんです。


オクチョンにとっては「トンイとクム=悪→排除すべき者たち」でしかないようです。二人が目障りでたまらず、世子の座を奪われるのではないかとの不安(もはや恐怖になっていたかも?)にいても立ってもいられなかったんでしょうね。でも世子はただクムが可愛くて、兄弟として過ごしたかっただけだったのです。そんな世子が、本当は自分がクムを連れ出したのに、すべてをクムのせいにされクムが責められていると知ったらどんなに苦しむか…。


少しでもオクチョンが世子の思いを汲み取ってやれれば、トンイの本当の気持ちを受け入れることができていたら世子だってここまではしなかったでしょう。何も悪くないクムを大人が寄ってたかって宮廷から追い出そうとするから世子としてはクムを守るためにああするしかなくなったんです。今回は世子が王様に告白したところで終わりましたから、オクチョンがそのことを知るのは次回になります。どんな騒ぎになりますやら、今から気が重いというか心が痛むというか…。あ~あ。


今までは規則に背いたことのなかった世子でも、そろそろ思春期にさしかかり自己主張もし始める年頃。いつまでも母親の言いつけを素直に守る幼子ではないのですが、オクチョンにはそれがわからなかったんでしょうね……。世子を守ってやれるのは自分しかいないと思い込むあまり、突っ走りが過ぎました。子どもを思う気持ちから出ることなのに(もっともこの場合、トンイへの敵意もかなり強かったのは事実ですが…)、その思いのためかえって子どもの気持ちを見失い、見当違いの方向へ暴走してしまったことが残念でたまりません。


子どもたちはただただ相手を思い、必死に庇いあってます。その姿がまた健気でほろりとさせられますが、その姿から王室に生まれたばかりに背負わねばならない荷物の重さが感じられてまた涙…。普通の家の子だったら
「兄さんが行こう行こうって無理やり誘ったんじゃないか!」
「なに? 俺が帰ろうと言った時にもう少し遊びたいって言ったのはお前じゃないか!」
などと言い合って、もしかしたら取っ組み合いを始めたりして、しまいに親に叱られていつの間にか仲直り…でしょうに。。。


「すべてはこの子たちが王を父と持ったことが原因だ。余にとっては二人とも大事な子どもだが、重臣たちにとっては権力争いのための世子と王子でしかないのだ」という王様の言葉が重く哀しく響きます。


子どもたちの一途で純粋な思いの強さと、二人の子どもに寄せる王様の大きくて深い愛情がしみじみと感じられるお話でした。それだけに目先のことにとらわれてそれ以外の物が目に入らなくなっているオクチョンたちの愚かさ、哀しさが際立って、腹が立つと言うよりもたまらなく切なくなりました。




mkm







トンイ 第51回

何だか重苦しさを感じる回でした。あっちもこっちも大変で…。


オクチョンはトンイからの申し入れを却下して宣戦布告してしまいますし、オクチョンの兄はクムを陥れようと世子のための帝王学の書物(これは世子以外の者が読んではいけないものだそうです)を、盗まれたと見せかけてクムの荷物に紛れ込ませ、それを知った重臣たちはクムが世子の座を狙っていると騒ぎ立てるし、そんな重臣たちに怒った王様は唐突に「淑儀(トンイ)が王妃になる可能性もある!」と言ってしまい、重臣たちはますます騒ぐし…。で、一連の騒ぎは全く終息する気配を見せずに次回に続いてしまいましたので、見ている方はストレスが…。(ため息)


オクチョンがトンイが差し出した手を振り払ったことは残念でした。でもオクチョンという人は恐らく他人と手を取り合い、譲り合って仲良く生きていける人ではないのだと思います。身分の低い家に生まれ、宮廷入りする時に「ここで最高の位に上りつめる」と誓って、その通りに生きてきた人だからです。兄であるチャン・ヒジェが王様の母を殺そうとしなければ あそこまでひどいことはしなかったでしょうけれど、そこそこの手は使って自分の思いを遂げようとしただろうと思われます。王の母であっても王妃であっても 自分にとって邪魔な相手であれば押し退け葬ってきたのですから、トンイのような賤民の出でかつては自分の部下だった者と手を結ぶなんて、やはりできないことだったのだと思います。


その結果、クムは泥棒の濡れ衣を着せられてしまいました。もちろん泥棒したことが立証されたわけではありませんが、無実も証明できなくて、クムは辛い思いをしています。(でもクムは偉かった! 自分のアリバイを証明しようと思えばできたんですが、世子に黙っていてほしいと頼まれたから口を割らなかったんです)。


王様は王様で、次の王妃を誰にするかで悩んでいます。
最初は世子のためにオクチョンを王妃にしようと考えていたようですが、クムに罪を着せて陥れようとする一部の重臣の動きを見て亡き王妃の遺言を思い出し、やはりトンイの方が良いと思うようになりトンイを説得にかかります。しかしトンイはその気になれません。ソ・ヨンギやチョンス兄さんが懸命に説得しても。


そんな中、周囲の重苦しい雰囲気に息が詰まった世子はかなり強引にクムを誘って街へ息抜きに出ますが、そこでとんだ騒動に巻き込まれてしまって次回に続く。


気分転換したくなった世子には大いに共感するのですが、例によって少々設定が雑でして…。
ちょうそ秋夕(チュソク)というお祭りの時期に当たっていて、世子が暮らす東宮殿に賑やかなお囃子が聞こえてきたんです。「あれは何だ?」という世子に、クムがとても楽しいものだと説明してやり、それを聞いた世子は行こう行こうとためらうクムを説得してしまいました。
(疑問その1:宮廷のかなり奥まったところにあるはずの東宮殿に街のお囃子が聞こえてくるものでしょうか?)


で、世子は平民の少年が着る服を持ってクムとの待ち合わせ場所に現れたのですが、どうして世子が平民の服を持っていたのやら?(クムは少し前まで平民の恰好で暮らしていましたから、その時の服があるのはわかるんですが…)。それに2人で宮廷を出るのに、なぜ門番の兵士は気づかなかったんでしょう? 大人ならまだしも、数えで13と7つの子どもが宮廷に出入りしていたとは思えません。世子や王子の顔は知らなかったとしても、おかしいと思わなかったんでしょうか?


さらに、街で楽しく過ごしてそろそろ帰ろうとした時に世子は万引き犯と間違えられてしまいましたが、盗まれた財布が落ちていた場所に立っていた世子を万引き犯だと思い込むというのは無理があるように思います。犯人は逃げていたんです。全力疾走で逃げていた犯人が急に立ち止まるはずはないのに…。世子が盗まれた財布を手に持っていたのならともかくも、これで犯人にするの??? \(◎o◎)/ !って感じです。
事件を起こしたい制作者の意図はわかるんですが、もう少し説得力のあるお話にしていただきたいなあ。(ブツブツ)


さて我が子が突然姿を消したと知ったトンイとオクチョンがオロオロと我が子を心配する様子は、宮廷での権力争いとは離れた普通の母親で、その思いには共感できました。お母さんはみんな子どものことが心配で仕方ないんですね。子どもたちが無事に帰ってきてめでたしめでたしになってくれたらいいんですが、恐らくそうはいかないんでしょうね。(と、次回が心配に…)


話は変わりますが、トンイがまだ奴婢だった頃にトンイを見染めたおバカな両班の息子がおりました。「春のワルツ」のミョンフンさんが演じていたオ・テソクの甥にあたる男です。権力者だったオ・テソクが暗殺されてからもしつこく登場しておりまして、このおバカさにいい加減 辟易していたのですが、今回 彼が今後の展開に大きな影響を与えそうなことがわかり、ようやく彼がしつこく登場していたことに納得がいきました。(正直、彼のシーンはカットでいいとまで思っていたのです。ここまで長~い伏線が張られていたんですね)。


「トンイ」も残すところあと9回です。だんだん辛いお話になってきますが、仲良し兄弟がどうぞ傷つくことがありませんようにと祈ります。





mkm







トンイ 第50回 ~人々の思い~

どうして物事はこうもうまくいかないんでしょう…。
誰にも決して悪気はないのに、それぞれの思いでしたことが最悪の結果を招くことになってしまうなんて。もしかしたらこのまま平穏な毎日が送れるようになるかも?という期待が多少なりとも持てただけに残念で残念で…。(涙)


仁顯(イニョン)王妃が亡くなり、王妃の意思を守るためにオクチョンたちの陰謀を暴く証拠を集めていたトンイでしたが、そのことは世子を追い落とすことになると気づき、それよりも世子とクムがずっと仲の良い兄弟として暮らせるようにしてやることが子どもたちのためだとオクチョンに和解を申し入れました。


供も連れず、夜遅くにたった一人で全ての証拠を持って訪ねてきたトンイの話を聞いて、オクチョンは彼女が本気であることを感じました。なぜならトンイがここに来たことは誰も知らないわけですから、この場でオクチョンがトンイを無き者にしたとしても証拠は一切残らないのです。捨て身で敵地に飛び込んだトンイの真情溢れる言葉に、オクチョンはためらいながらもトンイを信じようとしました。


それなのに、それなのに………。
ちょうどその頃、王様はトンイをオクチョンと同じ嬪(ピン)という位(側室としては最高位)に任命する命令を出していました。その命令は公布まで極秘にするよう命じられていたのに、その場にいたスパイが(一応)オクチョン派のチャン・ムヨルに伝えてしまい、チャン・ムヨルは「これはトンイを次の王妃にするための布石だ」と感じて、オクチョンの陰謀を知る医女をトンイに差し出し(見事なコウモリ男です)、それを知ったオクチョンはトンイに騙されたと怒り…。


当時の朝鮮王朝では王妃の座を空白にすることはできなかったそうです。たとえ王が深く愛していた王妃が亡くなって、王としてはとても次の妃を迎える気持ちになれなくても、それは許されませんでした。世子が王妃の子でなかった場合は世子の母親が王妃になるのが最も自然なことだったようです。


しかし仁顯(イニョン)王妃は亡くなる前、王様に向かって「王妃の座は淑儀(スギ=トンイ)に」と言い残していました。トンイなら王妃になっても世子を大切にしてくれるから、と。オクチョンが王妃になった場合トンイとクムに危険が及ぶことは明白でしたので、世子とクムが無事に成長していくためにはトンイを王妃にする必要がありました。しかし賤民出身のトンイを王妃にしようとすれば重臣たちの猛反対は必至ですし、何よりトンイ自身が望まないだろうことが王様にはわかっていました。オクチョンが王妃になってもトンイやクムに危害を加えないと信じられないだけに悩んでいたのです。(だから事前にトンイには相談できませんでした)。


トンイが和解を申し入れたのが、王様がトンイを嬪にする命令を出した日だったことを知ったオクチョンは、トンイが自分を罠に嵌めようとしたと思い込み、トンイを訪ねたところで次回に続きます。


この当時の慣習がよくわからないのですが、オクチョンもかつては宮廷を追放されるくらいの罪を犯していますし(将来の王の母であるから、という理由で嬪の地位に降格で済みましたが…)、トンイもコムゲの頭をかくまった罪で宮廷を追放されていますから、両者とも前科ありということで王妃は然るべき家から迎えれば良いのに…と私なんかは単純に考えてしまいます。オクチョンとて両班の子ではなかったのですから。もしかしたら新しくきた王妃が王子を産んだ場合、その子を世子に…なんて話になると、オクチョンの息子の地位が危うくなるということなんでしょうか。


「それが宮廷であり、それが政治だ」という言葉が何度も出てきます。確かにそうなんでしょうね。自分の命や地位を守るため、相手を陥れようとあちこちで陰謀策略が繰り返されます。敵に嵌められないように、敵を窮地に追い込めるように、皆 智恵を絞っていたのでしょうね。


話は変わりますが、世子は自分が何の病気なのか気になってたまらず、クムに手伝わせて自分が飲んでいる薬の成分を調べます。そして自分が「痿疾(イシツ)」という病気であることを突き止め、真っ青になります。「痿」という漢字は「しびれる」という意味です。(「痺れる病気」って何のことやら?です)。これが将来 子孫を残せないかもしれない病気ということが当時は知られていたんでしょうが、まだあどけなさが残る世子の呆然とした表情が何とも痛ましかったです。世子はこの時、数えで13歳の少年です。今でいうなら小学校6年生。恐らく第二次性徴もまだ現れていなかったであろう少年にとって、どれだけ残酷な事実だったことかと思うとフィクションとは思っても胸が痛みます。


今でもこの病気はあるんでしょうか? それとも病気自体を脚本家がこしらえたんでしょうか?
医師たちは「将来、子孫を残すのは難しいかと…」とか、「子孫を残せないかも…」という言い方をしており、「子孫を残せない」とは断言していないのですが、それだけでどうしてあれほどオクチョンやチャン・ヒジェが慌てるのかも不思議です。「残せないかも」であるならば、残せる可能性も少しはあるということなのですから、いつものオクチョンの強気で「うちの子は大丈夫!」と押し切りそうなものなんですけれど。(と、この話題が出てきてからずっと疑問に思っています)。病気がなくても何故か子どもが授からないという人は世の中にたくさんいるのです。クムにしたってまだ数えの7歳。将来子どもが授かるかどうかなんて、まだ誰にもわかりません。なぜそんな小さい子を恐れるんでしょう? 王として世継ぎを設けることが大切なのはよくわかっていますが、どうしてもダメだったらその時に考えたらいいんじゃないの?と考えずにはいられない現代のオバサンの感想です。





mkm






プロフィール

そよかぜおばさん

Author:そよかぜおばさん
韓国ドラマ「春のワルツ」で描かれなかった15年間に興味を持ち、何とかこの空白を埋めてみよう!と皆さんからアイデアを頂きながら進めてきました。ドラマ後の物語(ピアニスト クリス・ユンの復活)も同時進行させています。「空白の15年」はまだ6年ほど残っていますが、「復活編」はひとまず完結いたしました。


これとは別に趣味のクラシック音楽の話、印象に残った本やテレビ番組、映画の感想など思いつくまま気の向くままにお話ししたいと思います。

FC2カウンター

FC2カウンター

現在の閲覧者数:

最新トラックバック

検索フォーム

Powered By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ

ブロとも申請フォーム

QRコード

QRコード