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ドラマ 「トンイ」  雑感

思いつくままに…。


トンイは賤民の生まれであったため、ドラマの始めから「賤民のくせに」と蔑みの視線や言葉を浴びせられ、女官に取りたてられた時は周囲から拒絶され、あからさまに嫌がらせをされたこともありましたし、終盤には息子のクムまで「賤民から生まれた王子」と一部の重臣から同様に扱われていました(クムは間違いなく王様の子どもですから母親の出自だけが取りざたされることにはものすごく違和感を覚えますが、人の身分は母親の身分で決まるのが かの国なんだそうです)。


身分・階級の壁はどうにもならないんだなあと思いつつ「シークレット・ガーデン」を見ていたある日のこと。大富豪の御曹司キム・ジュウォンの母親がヒロインのキル・ライムに猛烈な上から目線で「息子と別れろ」と迫るシーンに「これってトンイとおんなじやん…」と妙に納得。


現代ものの韓国ドラマでは、裕福なご婦人方が貧しい女性に厳しい目を向けるシーンがたびたび見られます(例:「冬のソナタ」でユジンを嫌うサンヒョクの母、「春のワルツ」でウニョンやその家族を露骨に見下すチェハの母チスク、「私の名前はキム・サムスン」で二人の結婚に大反対するサムシクの母)。どうして韓国の裕福なお母さんたちは貧乏人にこれほどまでに冷たく当たるんだろうとずっと不思議に思っていましたが、その根っこは遥か昔に遡り、とても深いものだったんですね。


ドラマ「トンイ」は「貴い志を抱けば貴い人生を送れる」ということがテーマになっていました。事実トンイは様々な苦難に見舞われながらもその通りの人生を歩みます。実際にはどれほど貴い志を持っていても動物並みに扱われ辛い人生を送った人の方が圧倒的に多かったのでしょうけれど、真っ直ぐに生き抜いたその姿が見る者の心に爽やかな風を残してくれました。


「トンイ」はトンイと王様の愛の物語がドラマの軸になっていますが、見方によっては賤民として生まれた女性が王様すら翻弄して自分の生き方を貫いたお話とも言えます。国の最高権力者である王様でさえ、たった一人の賤民の女性を思い通りにできず彼女に振り回され続けたのですから、これほど王様を皮肉ったお話はなかったかも?


ただ言うまでもなく、トンイは私利私欲のために王様を手玉に取ったのではなく、王様を心から大切に思い尊敬していました。また王様も王である自分の地位や権力に媚びへつらわず、真っ直ぐ前を向き正しく生きようとするトンイにひかれたからトンイの生き方を尊重し我慢もしたわけです。トンイが王室の慣習や常識の中に納まりきらないのを、恐らく王様は感じ取っていたんでしょうね。


「あの世」でようやく二人は落ち着くことができたようです。トンイとゆっくり暮らしたいと願っていた王様の夢が今度こそ叶いますように。^^


ヒョジュちゃんはトンイの17,8歳から30代前半までを演じました。若い頃は「春のワルツ」のウニョンや「華麗なる遺産」のウンソンのように、はつらつとした爽やかな女性を、側室になってからは年とともに落ち着いた大人の女性を見事に演じていたと思います。特に母親になってからはちゃんと母親らしさを見せてくれました。最初の子どもを産んだ時は若い初々しい母親を、宮廷から追放されてクムを産んでからは厳しくも慈愛に満ちた強く賢い母親を演じていました。特に生まれたばかりのクムを見た時にはらはらと流した涙は本当に美しいものでした。たいした女優さんです。


先日、映画を見に行ったらヒョジュちゃん主演映画の予告編をやっていました。今度は目が不自由な女性の役で、どこか儚さを感じさせるような…。当然ながらトンイとは全然違う雰囲気でした。相手役の俳優さんが少々苦手なので見に行くかどうかは未定ですが、ちょっと興味をそそられております。もしも見に行きましたら、またご報告いたします。


ドラマ「トンイ」が面白くて、実際はどうだったのかな?と本屋で立ち読みしたり、あちこちのサイトを巡ったりして、トンイのモデルになった淑嬪崔氏の生涯もクムの生涯もドラマにはなかった大変なことがたくさんあったらしいことがわかりました。淑嬪崔氏は粛宗に見染められて側室になりましたが、そのことで宮廷内の権力争いに巻き込まれ、命を狙われもし、ある意味かえって大変な人生を送ることになったのかもしれません。本当に宮廷って恐ろしい世界ですし、幸せって何だろうな…、と改めて考えたりもします。


話は変わりますが、先日「道 ~白磁の人~」という映画を見てきました(http://hakujinohito.com/index.html)。いろいろ感じることがありましたので、近いうちにこのこともお話ししたいと思います。






mkm











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トンイ  最終回

最終回にふさわしく、明るく楽しく未来への希望を感じられるお話でした。
トンイは当初の予定通り宮廷を出て貧しい民のために働き、そんなトンイに文句を言いながらも王様は度々訪ねてきて自分にできる手助けをし、いつしか歳月は流れてクムが即位式を挙げ、トンイの墓前で立派な王になることを誓ったところで、The End。


言葉にしてしまうとこれだけですが、今回のお話には愛や感謝の気持ちがいっぱい詰まっていて、辛いことや人間の弱さ醜さも山盛りあったドラマ「トンイ」の最後を明るく締めくくってくれました。


トンイが皆の説得を振り切ってまで宮廷を出た理由は2つありました。
一つ目はクムを養子にしてくれた仁元王妃に誠意を示すため。
これからクムが母として誠心誠意慕うべきは王妃様だから、と側にいて成長を見守りたい気持ちを抑え、トンイは身を引くことにしたのです。今回は事前に「宮廷を出よ」と王命が出ていましたが、もしそうでなくてもトンイはみずから望んで宮廷を出たかもしれません。

もう一つは貧しい民のために生きるため。
宮廷を出ようとするトンイを案じる仁元王妃にトンイは「いつか宮殿を離れることは、長い間 描いてきた私の夢でもあるのです」と語ります。


トンイの「いつか」はクムが成人して母としての務めを終えた時だったのかもしれません。でも仁元王妃という立派な母親ができてクムの将来が守られたことで、トンイは決心がついたのだと思います。懸命に引きとめようとする王様に、
「私が宮廷に入ったのは生きるためでした。追手を逃れて生き延びられるのは宮廷しかなかったからです。今、宮廷を出るのはもう一度生きるためです。父や兄がそうしたように貧しい人たちの力になるため宮殿を出たいのです。そしてその生きざまをクムに見せたいのです。これからは最も弱い者のために生きたいのです。クムが将来王になった時にその者たちを忘れないように。」


貧しい民のため、クムの将来のためと言われると、王様も自分のためだけに宮廷に残れとは言えず、「薄情な奴め。どこまでつれない女子なのだ」と心の中で泣きながらもトンイを送り出しました。


これだけなら崇高な気高い志を持つ女性の感動的な物語なのですが、そうはならないところがドラマ「トンイ」でして、この後、宮廷を出たトンイを早速に訪ねてきた王様がトンイの前で拗ねるわ、僻むわ、未練たらたら文句を言うわ。思いのたけをぶちまけるのが何とも可笑しく面白く、テレビの前で大笑いするやら、ホロッとさせられるやらでした。


ドラマの中で王様はトンイを手元に置きたいのに思うようにいかないことの連続でした。トンイは王様の言いつけに従わず、自分の思いのままに事件の捜査をして危険な目に遭ったり(この時は1年近く生死不明でした)、嘘がつけずに宮廷から出される羽目に陥ったり、なかなか王様のそばに落ち着いてはくれなかったのです。


トンイの誕生日を祝おうとしても、「今年は飢饉がひどいから浪費したくはありません」と祝いの宴を断り、王様が何か買ってやろうとしても小さな飾り物を一つしか欲しがらないので王様は「男心がわからぬにも程がある」不満げでした。
でも「余がそなたに勝ったためしがない」と諦め、「その代わり、来年も再来年も10年先も20年先もずっと余の側にいるのだ。そなたに望むのはただそれだけだからな。」と微笑んだ笑顔が素敵でした。


恐らく二人はこの後も命ある限りこのような楽しい日々を過ごしたのでしょうね。クムの即位式のシーンの後、あの世と思われる草原を歩くトンイに王様が後ろから声をかけ、二人は見つめあって抱き合ってから手に手をとって草原をどこまでも歩いて行きました。これからは決して離れることはありません、と言うように。


「トンイ」を見て感じたこと、考えたことはまだまだたくさんあるのですが、なかなかまとまりませんので、とりあえずここまでにして、続きはまた改めたいと思います。





mkm





トンイ 第59回

今回も盛りだくさんなお話でした。前回、放送されなかったトンイと仁元王妃の会話やトンイが王様に送った手紙の内容がところどころで紹介されるもんだから、大急ぎで頭を前回のお話まで巻き戻しながら視聴する場面も。でもようやくお話が繋がりましたし、ドラマの方もとりあえず「めでたしめでたし…」となったので、ひとまず落ち着いた感じにはなりました。


前回はトンイがどこまでチャン・ムヨルの陰謀を突き止めていたのかわかりませんでしたが、やはり彼が何かを企んでいること、世子が王様の名代で出かけるコースが、トンイがイヒョン宮に送られるコースに急に変更されたので、そこに何かがあるのだろう、ということだけだったそうです。


チャン・ムヨルが何を企んでいるのか、必ず明らかにするから数日の猶予をくれるよう、自分を信じてくれるよう、前回トンイは仁元王妃に頼みに行ったのでした。そして王妃は自分が宮廷に入ってから忠臣面しては何かと進言してくるチャン・ムヨルとトンイのどちらを信用するべきか悩みに悩んだ挙句、トンイにかけたのです。後になって王妃は「なぜあの時あんな決断をしたのかわからぬ」と話したくらい、難しい決断だったようです。ただそれまではトンイの言葉を聞いても、それが本心からのものかどうか信じられなかったけれど、あの時は「これが真実だ」と信じられたのだそうです。(そのことが王妃の表情だけでも表現されていたら良かったのですが、私にはよくわからなかったので後から説明を聞いても「そうなんですかぁ?」でした)


そしてトンイがその気になれば容易に就くことができた王妃の座を捨てて世子を守ったのだから、今度は今 王妃の座にいる自分がクムを守る、とクムを自分の養子にすることを王妃は宣言しました。王妃の養子になれば、世子が王位に就いた時、クムは「王妃の息子」として世継ぎになれるし、そのことはクムの身が守られることを意味するからです。そしてクムが守られるなら王様が今すぐ世子に譲位する必要はなくなるのです。


トンイは仁元王妃に心から感謝し、これから宮廷でクムが母として慕うのは王妃様だから自分は予定通り宮廷を出ると言って王様を驚かせたところで次回に続く。(まるで幼子が「いやいや」をするように悲しげに首を振った王様が何だかとても可愛かったです)。


今回のタイトルは「真心の力」でした。自分のことよりも、いつも王様や世子やクムや周りのことを大切に考えて行動するトンイの真心が王妃を動かし、自分の権力や立場を守るためにその時の権力者にすり寄ってきたチャン・ムヨルの破滅と対比させることで、最後に勝利するのは人としての真心だとドラマの制作者たちが伝えたかったのだということはよくわかります。


トンイのガイドブック(後編)によると、この当時 一旦 養子を迎えるとその後 王妃に王子が生まれても、その子は王位継承権を与えられなかったそうです。それだけこの決断は大きなものだった、とドラマ制作者は言いたかったようです。いつも言葉巧みに自分に言い寄ってきたチャン・ムヨルよりも、トンイの裏表のない真心からの言葉が王妃に心に届き、それが結局はクムを救うことになった。王妃の座を欲しなかったトンイのおかげでクムは救われた…という感動的な筋書きだったのでした。


ただ見る者としては、やはりいろいろなことを考えてしまいます。この時の仁元王妃はまだ15,6歳。トンイの人がらに感動してクムを養子にし自分が守ると言い切りましたが、この先 仁元王妃に王子が生まれでもしたら、やはり実の子が可愛くなってしまうのではないか。王妃があくまでクムを立てようとしても、賤民の血を引く王などとんでもない!と重臣たちが猛反対して、やはりクムは辛い立場に置かれるのではないか、等々。実際には仁元王妃は子宝に恵まれなかったため こういう問題は起こりませんでしたが、今まで「トンイ」を見続けてきたおかげで、「本当にこれで全てめでたしめでたしになるのか…」と考えてしまうのです。


もっと言うなら仁元王妃の心の中に王様の譲位を何とかして阻止したい気持ちはなかったでしょうか。自分はまだ輿入れしてきたばかりなのに、夫たる王様がさっさと譲位して側室と一緒に宮廷を出るなんて普通は耐えられないんじゃないかと思えて…。世子が即位すれば仁元王妃は恐らく大妃(テビ)となって、それなりの権力を持つことになるとは思いますが(世子にはまだ妃がありませんから)、それってやっぱり寂しいですよね…。


朝鮮王朝においてほとんど行われなかった譲位を阻止するためだけでなく、自分一人残されたくないという女性としての思いもどこかになかったかなあと考えずにはいられなくて、せっかくの良いお話に素直に感動できませんでした。


いよいよ最終回。トンイの思いについては次回まとめたいと思います。






mkm







トンイ 第58回

何だか慌ただしいお話でした。


前回は、王様がトンイを宮廷から出すと命じた本意をチャン・ムヨルが突き止めてしまい、クムが世継ぎになったら自分たちに未来はないから今のうちにトンイとクムを始末しようと、あらぬ噂を流し、王様が療養で留守にしている間に宮廷内の兵力を掌握してしまったところで終わりましたが、今回はトンイとクムを確実に亡き者にするため、チャン・ムヨルが仁元王妃を抱き込んで次から次へと手を打つんです。


そしてトンイに世子暗殺の疑いをかけて捕まえようとした瞬間、兵が刃を向けたのはチャン・ムヨル…、で次回に続きました。見ているこちらは何が何やらわからぬまま。


このドラマでは登場人物の会話を時系列では放送せず、後に種明かし的に回想シーンで流すという手法がたびたび取られてきました。視聴者に「あれっ?」と思わせて引きつける一つの方法ではありすが、あまりたびたび使われると見ている方は「またか…」になってしまう上、じれったさを感じることもあります。また今回は何らかの「超どんでん返し」があったようです。物語の中ほどでトンイが仁元王妃に何かを言いに行ったので、その時のトンイの言葉に鍵があるはずということまではわかるのですが、トンイが王妃に何を言ったかは全く見当がつきませんので、1週間お預けを食らった気分。せめて推理に参加できるくらいの手掛かりが与えられていればよいのですが、何もないんですよね。例えば毎日放送される朝ドラでしたら「次回までお預け」もOKですが、週に1回放送の連続ドラマの場合、1回ごとにある程度の満足度がないとちょっと辛いかなと思います…(って、私が見落としてるだけかも? 汗)。


今回目を引いたのは仁元王妃でした。彼女の父親は元々 世子派でトンイには反目する立場だったので、彼女も宮廷入りするやいなや「私が来たからには、淑嬪の好きにはさせぬ!」と息巻き、それにチャン・ムヨルが取り入ってあることないこと吹き込んだものですからすっかりトンイを疑っていましたが、しばらく様子を見るうちに本当にトンイがクムを世子の座に就けようとしているとは思えなくなってきて、自分からトンイの気持ちを聞きに来たりします。ですからここに「超どんでん返し」の原因があるのだと思えるのですが、彼女がトンイの味方になると実家の父親と対立することになりかねませんので、さてどうなるのかな?というのが気になるところです。


何にしても父親の考え、周囲の噂、チャン・ムヨルの入れ知恵で固まっていた15歳の少女が自分の頭で物を考え始める大きな転機を迎えています。ここは注目ですね。


あと少々脱線しますが、今回も療養先に滞在している王様。トンイとの絡みが全くなかったので、余計物語が盛り上がらなかったのですが、
「視察がすんだら狩りに行く。久しぶりに鹿を射止めて唐鞋(タンヘ=唐草模様のついた革靴)を作ろう」とにっこりした姿に昔を思い出しました。まだトンイが女官だった頃、やはり療養に行った王様が初めて(?) 鹿を射止めて、証拠の品として唐鞋を作らせたことがあったのです。
この直後にトンイはチャン・ヒジェに襲われて瀕死の重傷を負ったまま行方不明となり、王様は受け取り手のいなくなった靴を前にトンイの身を案じる生活が1年近く続いたのでした。


今回も自分のいない宮廷で大変なことが起ころうとしていることを知る由もない王様が何だかお気楽にも見えますが、慌ただしい中にもホッとできるひと時となっています。


大変な状況になってもトンイは落ち着いて事態を見極めようとしています。彼女は心の中にしっかりとした心棒を持っているんですね。だからぐらつかずにいられるんです。彼女がどうやってチャン・ムヨルを捕えるに至ったのか、次回を楽しみに待ちたいと思います。






mkm









トンイ 第57回

久しぶりにリピートしてじっくり見直したいと思える、しっとりとした良いお話でした。
(ただ最後の最後に悪あがきする輩がいろいろと嗅ぎ回ってくれるので、それが少々目障りではありましたが)


さて、前回の続き。
トンイが「世子様もクムも王となるべきだ」と述べたことについて、王様は
「いかにもそなたらしいな。先にやらねばやられるこの宮廷で、それができるか? まさに夢だ。そなたにしか抱けぬ夢だ」
と答えます。


そして「それはできぬのだ。この国の王位を継ぐ王子は2人ではなく1人なのだ」と心の中で呟きながら、何日も考え抜いて王様が出した結論は、自分が世子に王位を譲って、クムを新たに王となった世子の世継ぎ(世弟=セジェ)にするということでした。


しかし譲位などと口に出せば途端に大騒ぎになってしまいますから、まず王様は重臣たちを集め、そこに世子も同席させて、


・重臣たちが世継ぎについて争っていることを承知していること
・ここに自分の後を継ぐのは世子であることを宣言するから、今後一切 後継者に関する論争も、世子の座を脅かすいかなる動きも断じて許さないこと


をそれはそれは厳しい口調で告げ、その後トンイを宮廷から出し、梨峴宮(イヒョングン)に住まわせると告げます。


寝耳に水で慌てるトンイ・クム派の重臣たちに、王様は
「その理由は淑嬪自身がわかっているはずだ」
と、またまた冷たく言い放ちました(トンイがクムを世子の座につけようと画策したと王様が信じていると思わせるほどに)。


このため、宮廷内は大騒ぎになりました。世子擁護派は大喜び。トンイをよく知る女官たちは大憤慨。世子擁護派ではあっても「これには何か裏がある」と感じてあちこち探る者もあり。いやはや大変です。


トンイにとっても王様の決定は寝耳に水で王様の真意を量りかねていましたが、今はただ黙って王命に従うようにと周囲を説得し静かに暮らしていたところ、しばらくたったある晩トンイを訪ねた王様はトンイを梨峴宮(イヒョングン)へと伴って、静かに語りかけました。


以前そなたを宮廷から出した時、自分は「いっそ一緒に逃げよう」と言った。あの言葉は本気だった。そなたとなら平凡な男として生きてもいい。そうできるなら本当に全てを捨ててもいいと思ったし、あの時の思いは今でも変わらない。自分はそなたを有難くかけがえなく思っている。
これからそなたはここで暮らす。でも一人ではない。自分もそなたと共にここで暮らす。
2人を救う道、あれはそなたが初めて見せた欲だった。そしてそれは胸にしまっていた自分の夢でもあった。クムなら必ず王朝に名前を残す立派な王になるだろう。だから世継ぎを望めない世子の後をクムが継いでくれたらどんなにいいかとずっと考えていた。
自分が王でいる限り、世子とクムが共に王位を継ぐことはできない。だから自分は世子に王位を譲ることにする。世子を王位に就かせたらクムは世弟となり、後に王位を継ぐことになる、と。


王様はチョンス兄さんにも同じように告げていました。
「これは王室と朝廷をまもるための決断だ。そして一人の父として、何より一人の女子(おなご)を守る男として、この決断は覆さぬ。」


世子に位を譲るため、王様には準備がいろいろあったため、「療養」という名目で温陽という土地に出かけていきます。長期滞在になるから、と王様はトンイに手紙を残していきました。


「そなたは自分が就いていたはずの王妃の座を諦め、世子とクム、そして余を守ろうとした。だから次は余がそなたを守る番だ。これは余にとって諦めではない。大きな欲を満たす道だ。これにより余はそなたと生きる道を得るのだ。だから余を信じて待っていてくれ。誰も傷つくことはないだろう。そなたが守ろうとした夢は、これから余が守ってゆこう。」


う~ん、いいお話じゃありませんか。(*^_^*) こんな言葉をもらえるトンイはつくづく幸せ者ですね。この王様、もともと平凡な男として生きることを夢見ていたところがありましたから、今度こそトンイと2人で生きる夢を叶える、というのもいいな、と思います。数え年14か15で王位に就く世子は大変ですが、粛宗自身14歳で即位していますから何とかなると考えてのことでしょう。自分が生きている限り補佐してやることはできるわけですから。


もちろん、突っ込むところがないわけではありません。
例えば、今まで世子については「世継ぎが望めないかもしれない」と言われていたのに、王様は「望めない」と断言しちゃってますし、「クムなら必ず王朝に名前を残す立派な王になるだろう」と言ってますが、世子もかなり優秀で将来有望だったはず。「クムも」ならまだしも、「クムなら」と言ってしまうと、世子には期待してないみたいですよね…(これでは世子が可哀想です……)。


これは世子が粛宗の死後 王位を継いだものの、子どもをもうけることなく在位わずか4年で亡くなってしまい、その後を継いだクムは朝鮮王朝で最も長生きし在位期間も最長の王となったという史実に基づいて脚本が書かれたためだと思われます。世子が病弱だったのは本当かもしれませんが、我が子を思う親の気持ちをセリフにしていただきたかったなあと思います。少なくともこのドラマの王様は2人の息子を同じように愛していたのですから。







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プロフィール

そよかぜおばさん

Author:そよかぜおばさん
韓国ドラマ「春のワルツ」で描かれなかった15年間に興味を持ち、何とかこの空白を埋めてみよう!と皆さんからアイデアを頂きながら進めてきました。ドラマ後の物語(ピアニスト クリス・ユンの復活)も同時進行させています。「空白の15年」はまだ6年ほど残っていますが、「復活編」はひとまず完結いたしました。


これとは別に趣味のクラシック音楽の話、印象に残った本やテレビ番組、映画の感想など思いつくまま気の向くままにお話ししたいと思います。

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