SPRING WALTZ    -ドラマの後の物語-

                        (9)

 クリス・ユンの復帰リサイタルは四月十五日に決まった。会場は以前にも演奏したソウルのナルアートセンターだった。三人で打ち合わせをした二日後、イナは申し訳なさそうに言った。
「その日だとナルアートセンターしか取れないそうよ。それも問い合わせた時には空きがなかったんだけど、その後でキャンセルが出たからすぐに押さえたんだって。でもチェハ、嫌じゃない? あんなことがあったホールで復帰リサイタルなんて。週末はどこももういっぱいだけど、平日なら別のホールが使えるわよ。」
「かまうもんか。」
 スホは笑い飛ばした。
「全然知らないホールより気が楽だよ。それに僕にはどのホールでやるかってことより、その日にできることの方が大事だからね。」
 ソウルに戻ったスホは四ヶ月後に迫ったリサイタルに向けて、毎日着実に準備を進めていった。久しぶりにウィーンを訪れたことで、かつて演奏家として活躍していた頃の自分を改めて思い出し、練習にも一段と熱が入るのだった。イナはウィーンからポスターやチケット、プログラムの作成、新聞・雑誌への広告の手配、テレビやラジオの音楽番組への紹介などの指示を次々に送って広報活動に力を注ぎ、リサイタルの準備に万事手落ちがないか目を光らせた。
 十余年前、韓国音楽界から凱旋公演を熱望されながら、ただ一度リサイタルを開いただけで演奏活動を中止してしまった幻のピアニスト クリス・ユンの復帰リサイタルということで、数多くの新聞社や音楽誌出版社からリサイタルに先立って取材の申し込みがあり、各社からの質問に個別に答えるのも面倒だと考えたスホは、イナと相談の上記者会見を開くことにした。
「またステージに立つ前に、いろんなことをはっきりさせた方がいいと思っていたんだ。演奏活動を始めてから昔のことを調べられたり勝手に書かれたりするのも嫌だし、一社ずつ取材を受けるより一度に済ませた方が後の面倒も少ないだろう? 僕は何を聞かれても大丈夫だよ。」
 イナは自分も記者会見に立ち会う、と急きょ帰国してきたが、スホは質問がプライベートなことに及んでイナが傷つくのを心配し、それを押し止めた。そして一人で会見に臨むと記者たちの質問に答えて、十一年前自分の不注意から右手の人差し指と中指を切り、感覚神経を傷つけたため演奏活動が続けられなくなったこと、三年前に感覚神経を再生する方法が見つかったのでアメリカに渡って治療を受けたこと、指の感覚がほぼ元通りになったので演奏活動の再開を決めたことを話した。
「傷められた指は完治されたんですね?」
「はい。お陰さまで、もう演奏に支障はありません。」
「右手を傷められてから、ずっと復帰を目指して治療法を探し続けられたのだと思いますが、なかなか治療法が見つからなかった頃のお気持ちは?」
「そうですね。何年もの間、復帰のために治療法を探し続けた、というより、自分の納得のいく演奏を模索し続けた、というのが一番ぴったりします。私は元のようにステージには立てなくても、やはりピアノを弾かずにはいられませんでしたし、何とか自分らしい演奏をしたいと思い、自分の手で弾けるようにアレンジしたり自分で曲を作ったりいろいろ工夫して演奏していました。でも八本の指でピアノを弾いて自分の思い通りの表現をするというのはやはり簡単なことではありませんので、ずっと試行錯誤の連続でした。」
「治療法が見つからなくて、もう諦めようと思われたことはありませんでしたか?」
「ピアノを弾くことをやめようと思ったことはありませんでした。先ほどもお話ししたように、ピアノを弾かずにはいられませんでしたから。治療法が見つからないまま年月が経ち、いつの間にか手を治して元のようにステージに立つことより、自分の納得のいく演奏をすることが自分にとっての目標になっていたのかもしれません。実際に地元の方の前で何かの機会に2、3曲演奏したこともありましたし、たとえ指が治らなくて昔弾いていたような曲は弾けなくても、自分で作曲・アレンジしたもので自信を持ってステージに立てるようになれば、演奏活動を再開しようと思ったかもしれません。」
「そうでしたか。様々な葛藤を経てここまで来られたのですね。ところで、以前お父様であるユン・ミョンフンさんが子どもだったあなたを誘拐して自分の子どもにしたのではないか、という疑惑が生じた時、あなたは記者会見で自分はユン・ジェハだと証言されましたが、今はイ・スホというお名前で生活されています。プライベートなことですが、そのあたりの事情をお聞かせいただけるでしょうか。」
「私の本名、というか元々の名前はイ・スホです。そして実の父親はイ・ジョンテです。十一年前の記者会見で、私は皆さんに自分の本当の名前とユン・ジェハとして生きるようになったいきさつをお話しするつもりでした。ところが思いがけなく私の実の父が会見場に現れて、私のことを自分の息子ではない、と証言したことで心が揺らぎました。
 私の実の父は定職にもつかず、博打で借金を作っては借金取りから逃げ回り、子どもだった私が足手まといになると置き去りにして行方をくらませる男で、私は子どもの頃何度も父に捨てられました。それなのに十一年前、ソウルで十五年ぶりに再会してから、父は大人になった私にたびたび会いに来るようになりました。私はそんな身勝手な父が許せず、父に背を向け続けていました。その父が記者会見で、私はスホではないと証言した姿に、私は初めて父の深い愛情を感じ、父の気持ちに逆らえなくなりました。それで自分はユン・ジェハだと言ったのです。」
 スホはそこでひと息ついた。
「それから私を引き取って育ててくれた父ユン・ミョンフンは私を誘拐したわけではありません。ユン・ジェハと私は、子どもの頃瓜二つと言えるほどよく似ていたんです。そのチェハが亡くなった後、韓国に一時帰国していた両親と私が偶然出会った時、母はまだチェハが亡くなったことを受け入れられずにいたため、私を見てチェハが戻ってきたのだと思い込みました。父は母のためにしばらくの間、自分たちと一緒にいてくれないかと私に頼みました。その頃、実の父は行方不明で私は住む所もなく食べる物にも困っていましたので、父の申し出を受けて一緒にカナダに渡ったんです。そしてそのままユン・ジェハとして暮らしたのです。ですから確かに手続き上の不備はありましたが、あれは誘拐ではありません。
 私がユン・ミョンフンの実子かどうかを尋ねられた皆さんに嘘を言ったことはお詫びしなければなりません。でも私には二人の父がいるのです。私をこの世に送り出してくれた父と、人として育ててくれた父が。この二人の父がいなければ、今の私は存在しません。私にとっては二人とも父ですし、私は二人の息子なのです。」
「では何故、今はイ・スホと名乗っておられるのですか?」
「十一年前の記者会見の直後に実の父は亡くなり、私もピアノを止めました。死ぬ直前に初めて親らしい心を見せてくれた父親をようやく受け入れられるようになりましたし、新しい生活を始めるにあたって、元のスホに戻って一からやり直したいと思ったんです。もちろん育ててくれた両親には心から感謝していますし、大切に思っています。今の私があるのは両親のお陰なのです。名前が変わったからといって、両親との親子の絆が弱くなるものではないと思っています。」
「前回の記者会見ではソン・イナさんとの結婚も発表されましたが、今は別の方と結婚されていますね。ピアノをやめられたことで、お二人の間もうまく行かなくなったのですか? それともあの発表はご自身をユン・ジェハだと証明するためのお芝居だったのですか?」
 ある大衆誌の記者からの質問に、スホは
「違います。なぜソン・イナさんと結婚しなかったのか、そしてなぜ今の妻と結婚したのかはプライベートなことですので、ここでお話しする必要はないと思います。」
と静かに答えた。
「では最後にこれからの演奏活動への抱負をお聞かせいただけますか。」
「以前も音楽の素晴らしさを伝えたくて演奏していました。多くの人に支えられてまた演奏できるようになったことを本当にありがたく幸せに思っていますし、これからは求められればどこへでも行って多くの方々と音楽の素晴らしさを分かち合いたいと思っています。」
 スホのこの言葉で記者会見は終わった。記者会見の成り行きが気がかりで、隣の部屋で様子を見守っていたイナはほっと安堵の息をついた。
「チェハはすっかり立派になった。」
 今日の記者会見での姿から、かつてチェハとスホの間で揺れ動いていた青年が、今では一人の人としてしっかり根を下ろし、人生の新たなステージへと力強く歩みを進めていることが感じられた。かつての自分は彼に自分のチェハであることを強いていたのだと、イナは改めて自分の行為を悔いたが、だからこそ何としても彼の復帰リサイタル成功のために力を尽くしたいと心から思った。彼女はソウルのオフィスに戻るとリサイタルの準備が順調に進んでいることを確認し、一旦ウィーンへと帰って行った。


 間もなくスホの写真や記事が掲載された新聞や雑誌が相次いで発行され、それを見たヘヨンとヘヒャンは目を丸くした。
「ねえ、オンマ。ピアニストになると、みんな新聞に出るの?」
と尋ねるヘヨンに、ウニョンは
「みんなじゃないわよ。特別な時だけよ。アッパは今度久しぶりにリサイタルをやるから特別なの。」
と話した。
「ふうん。アッパは有名な人になったみたいね。かっこいいけど、何だか別の人になっちゃったみたい。」
「アッパはあなたたちが生まれる前は本当に有名なピアニストだったのよ。ラジオやテレビに出たこともあるし、こうして記事が出たこともあったのよ。だからアッパのことを覚えている人もたくさんいるし、その人たちにまたコンサートしますよ、ってお知らせしているの。それにアッパのことを知らない人にも聴きに来てもらいたいでしょう? でもアッパはずっとあなたたちのアッパなんだから、心配しなくていいのよ。」
「そう。よかった。」
 ウニョンとヘヨンのやりとりを聞きながら、ヘジンは記者会見の写真や記事から父親のリサイタルがいよいよ間近に迫ってきたことを感じていた。一昨年の春に統営音楽祭で見たようなピカピカとライトの当たるステージでもうすぐアッパがピアノを弾くんだと思うと、彼はまるで自分が演奏するような緊張を覚えるのだった。週末になるとヘジンは父親に付いて行って、練習の様子を見守ることもあった。曲の最初から最後まで通して弾いたり、気になるところを何度も何度も繰り返して弾く父の後ろ姿に家で寛いでいる時とは全く違う厳しさを感じ取り、ヘジンは思わず居住まいを正すのだった。
 ある日曜日、午前中の練習を終えて家に帰るスホと並んで歩きながら、ヘジンはこう尋ねた。
「ねえ、アッパ。練習って楽しい? あんなに練習して嫌になったりしない? 僕だって難しい曲は何回も弾くけど、アッパみたいに長い時間は続けられないよ。」
「嫌になったりはしないさ。アッパはステージでいい演奏がしたい。聴きに来てくれた人にいい音楽を聴いてもらいたい。そのために練習するんだ。良い演奏をするには練習するしかないからね。大変なこともあるけど、思い通りの演奏ができて、お客さんが喜んでくれたら本当に最高の気分だよ。それにヘジンと約束したろう?『たくさんの人に喜んでもらえるピアニストになる』って。だからアッパは毎日練習するんだ。」
「ふうん。アッパ、すごいね。」
「いや、演奏家としては当たり前のことだよ。」
「ううん。アッパ、かっこいいよ。」
「え?」
「一生懸命頑張ってるアッパ、本当にすごいし、かっこいいよ。コンサート、頑張って。」
 そう言うと、ヘジンはそっとスホの手を握った。スホはヘジンの思いがけない言葉に一瞬言葉に詰まったが、息子の手をしっかり握り返すと優しく頷いて見せた。二年前ソウルに引っ越して本格的に練習を再開してから、ヘジンの自分に対する関わり方が以前と違ってきていることにスホは気づいていた。ヘヨンやヘヒャンのように自分にまとわりつくことは少なくなった。その日の出来事を無邪気に報告する子どもらしい姿も見せる一方で、黙って自分の背中を見つめている少し大人びた視線を感じさせるようになったのだ。それはもうすぐ小学三年生になるヘジンの成長のせいかもしれないが、統営音楽祭での演奏にふれたことと無関係ではないように思われた。自分がステージに立つために懸命に努力している自分をヘジンはじっと見守ってくれているのだとスホはいつも感じていた。そしてヘジンの視線を感じるたびに、スホは励まされると同時に大きな責任も感じるのだった。子どもが成長していくにつれて、親を見る目、親との関わり方は変わっていくことだろう。今日、初めて「かっこいい」と言ってくれたヘジンが、いつの日か自分に対して反発したり厳しい目を向けてくる日が来るかもしれない。将来のことはまだ想像もつかないけれど、子どもたちに対して恥ずかしい生き方だけはするまいと、ヘジンと手をつないで歩きながらスホは自分に言い聞かせた。


 リサイタルの三週間ほど前にフィリップとイナが相次いでソウル入りし、準備の最終チェックに入った。そして本番二日前にフィリップの婚約者マリアがウィーンから到着したので、スホとウニョンは二人を自宅に招いて歓迎と婚約を祝うパーティーを開いた。ヘジンとヘヨンは初めてのオーストリアからのお客さまに大はりきりで、スホにドイツ語の挨拶を教えてくれとせがんでこの数日熱心に練習を繰り返していたのだが、いざ二人が到着し、美しい金髪と青い目を持つマリアに
「こんにちは、初めまして。私はマリアです。仲良くしてくださいね。」
と流暢な韓国語でにこやかに話しかけられるとすっかり拍子抜けしてしまい、せっかく練習したドイツ語が出てこなかった。
「なんだ、お前たちあんなに練習したのにどうした?」
スホに背中を押されて、二人は覚えたばかりのドイツ語で
“Es freut mich, Fräulein Schuler. Ich bin Lee HaeJin. Ich bin Lee HaeYeong.
Ich freue mich, Sie kennen zu lernen.”
(初めまして、シューラーさん。僕はイ・ヘジンです。私はイ・ヘヨンです。お会いできてうれしいです)。
と、たどたどしく歓迎の挨拶を述べた。マリアは優しい微笑みを浮かべて二人の挨拶を受けると、腰をかがめて二人の目を見つめ、
“Danke schön.”(どうもありがとう)
とドイツ語で礼を言い、
「たくさんたくさん練習してくれたのね。とてもうれしいです。私のことはマリアと呼んでくださいね。」
と二人を抱きしめた。その様子を見守っていたウニョンは、小さな子どもにもきちんと向き合ってくれるマリアの人柄にひかれ、ようやく大仕事を済ませてホッとしたように自分に駆け寄ってきたヘヨンの肩を抱きながらマリアと初対面の挨拶を交わすと、二人を中へ招き入れた。夕食にはミョンフンとチスクも合流し、テーブルにはウニョンの心尽くしの手料理やヤンスンから届けられた海苔巻き、ミョンフン持参のワインやチスクお手製のケーキなどが所狭しと並べられ、韓国語に時折ドイツ語の交じる一同のおしゃべりは途切れることがなかった。
「マリアさんって、本当に素敵な人ね。優しくて温かくて、お話ししていると何だかほっとできるわ。」
 二人がホテルに引き揚げるのを見送りながら、ウニョンが言った。
「ああ、ほんとだ。何て言うか、人の気持ちを酌める人なんだろうな。口数は多くないし、みんなの中心で会話をリードするタイプでもないけれど、ひと言ひと言に心がこもってるね。フィリップが彼女には何でも話せると言った意味がよくわかったよ。昔のあいつのガールフレンドとはタイプが違う。前はルックスとフィーリングにピンと来たら追いかけてたんだ。でもようやく自然に寄り添える人を見つけたんだね。」
と、スホはしみじみと言った。
「そうなの? でもマリアさんだってきれいな人じゃない? 笑顔がとってもチャーミングよね。オーストリアの人にしては小柄だし、人目を引くタイプじゃないかもしれないけど、また会いたい、またお話ししたいと思える人だわ。」
「そうだね。あの二人の出会いに僕が少しだけでも役に立てたのがうれしいよ。」
「本当だわ。あのね、さっきマリアさんが後片付けを手伝いに来てくださった時に『フィリップのどんなところが好きになったんですか?』って聞いてみたの。そうしたらマリアさんは『フィリップはいつも明るくて楽しくて私を元気にしてくれます。でもそれだけでなくフィリップは人の心の痛みを受け止められる強さと優しさを持っています。そんなところにひかれました』って。それからね、『不思議ですね。チェハさんの話を聞いているうちに、フィリップのことを好きになっていたんですよ。』とも言ってたわ。あなたとフィリップの出会いのかけがえのなさに心を打たれたそうよ。でもフィリップとマリアさんもそうよね。あの二人きっと幸せになれるわ。とってもお似合いだし、フィリップがマリアさんの隣で安心しきった様子で寛いでたもの。」
「安心できるって大事なことだ。僕は君のそばが一番安心。」
 そう言ってスホは笑いながらウニョンの肩を抱いた。
「まあ、ありがとう。」
 ウニョンもスホの目を見て微笑んだが、ふと思い出したように尋ねた。
「あ、あなた明日の晩はホテル取らないで本当に大丈夫? うちはこの通りの状態だから、うるさくて音楽に集中できないんじゃない?」
「大丈夫。昔のチェハはいつも一人だったから、本番前も一人が一番落ち着いた。でも今はこの賑やかな我が家が一番落ち着くんだ。みんなと一緒に朝ご飯食べて、少し早めに会場入りするよ。君は後で来てくれればいい。」
「わかったわ。いよいよね。」
「ああ、いよいよだ。楽しみだよ。」
と、スホはウニョンに笑顔を向けた。






            参考文献:「いちばんやさしいドイツ語会話入門」 
                        渋谷哲也著  池田書店
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コメント

お待たせいたしました m(_ _)m

復帰リサイタルの会場をどこにしようか考えようにも、ソウルのホールは知りません。指を痛めたあのホールから再出発というのも悪くないと思いましたが、物語に使うには名前がわからないといけません。架空の名前を付けるという方法もありますが、既にドラマの中で架空の名前が付いている可能性もあり、それに別の架空の名前を付けるのもいかがなものかと思い、何かわからないかなあと春頭さんにご相談したところ、見事ドラマの最終話の映像から「ナルアートセンター」という名前を読み取ってくださいました(これは本当の名前です)。それでめでたく彼の復帰リサイタルの会場が決定したのでした。春頭さん、改めましてありがとうございました。m(_ _)m


復帰リサイタルまでに「あんなこと~、こんなこと~、あったでしょう~♪」的なお話で、またまたゴチャゴチャしておりますが、次回はいよいよリサイタルです。本当に4月15日に出せたら良いのですが、どうなりますやら…。
  • 2010-04-09 10:12
  • URL
  • mkm #0ls4tc0A
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ナルアートセンター

というホールだったのですね…春頭さん、すごいです。
mkmさ~ん、お疲れ様です。いよいよコンサートですね。
最終話での演奏はウニョンのためのものでした。
今回は愛する家族のためのもの…さぞふくよかであったかいメロディを奏でることでしょうね。
いまだに気になっている、「スホ」なのか?「チェハ」なのか?
「ピアノがひけなくなってもいい、スホに戻ります」と言ったチェハですから、「スホ」として生きていくことが望みだったのでしょうけど、
ミョンフンを犯罪者にさせないためには「チェハ」で生きていくしかないのでは?とも思ったり…
でも今回のmkmさんのストーリーを読めば、「なるほど、10年も経てばこういう説明も有り」なんですね。
どうしても「チェハ」の名前で生きていってほしいと思っているのは、私のわがまま?…おほほ
続きを楽しみにしておりま~~す。(^^)/~~
  • 2010-04-17 00:58
  • URL
  • qoo #JalddpaA
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コンサートのポスター

ファミレスのコメントで、ポスターから解読されたと知りました。で、封印していた最終話を見始めたのですが、何とこのときのBGMが、大好きな「季節が戻ってくるように」だったのです。
映像を止めてポスターを見ると「ナルアートセンター」は全くわかりませんでしたが、コンサートの曲名も載っているではありませんか。これには驚きましたが、とってもうれしい情報でした。
春頭さん、改めてありがとうございました。
  • 2010-04-17 08:56
  • URL
  • ピアノ♪ #0IUSwUQY
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たかが名前、されど名前…。 3

「qooちゃん、桜咲いた~?」ってお尋ねしようと思ってたら、「雪、降った~?」になっちゃった。どうなってるんでしょう、今年の春は???


「ピアノが弾けなくなってもいい。嘘を脱ぎ捨てて自由になりたい」と言ったのは、紛れもなく「あの時の」チェハの本音だと思いますし、ようやくスホに戻れた時はうれしかったことと思います。でも10年余りの歳月が過ぎて、彼自身の生活が落ち着いた時にはチェハとして生きた15年も自分の人生と受け止められるようになってるでしょうし、「スホでもありチェハでもあり…」みたいな受け止め方をしてるんじゃないかなと思います。
だから「チェハ」と呼ばれても抵抗はないはず。


「チェハ」という名前がミョンフンさんたちの実子の名前でなければ(引き取られた時に新たにつけられた名前だったら)私も迷うことなく使えたんですけれど、ミョンフンさんにとって「チェハ」は亡くなったあの子だけだったんじゃないかなと思うと迂闊に手が出せず…。かと言って、ミョンフンさんが彼のことを「スホ」と呼ぶ姿も想像できないのですけれど。


(しかしこれだけ読者からの要望が多ければ、韓ドラなら途中からでも名前変えるんでしょうね。笑)


ドラマの記者会見から11年が過ぎています。この時はミョンフンさんも一市民ですし、もうあの時のようなスキャンダラスな取り上げられ方ではないはずですが、かと言って完全にスルーしてもらえる問題でもないでしょうし、サラッと聞いてもらいました。ウニョンの手術代のためにチェハに身代りになったこと、ミョンフンに騙されたこと、イナのチェハへの執着ぶりはあの場では語れなかったでしょうし、いささか玉虫色的説明であることは否めませんが。


(ここでの彼の答えは、以前ファミレス1号店でまぷママさんが書かれたコメントとかなり重なると思います。ただ確認しようにも1号店のコメントはまだ復旧されていないので、パクったつもりはなくても結果的にそうなってる可能性大です。まぷママさん、お許しくださいね。)

リサイタルでの演奏曲目は私がチェハに弾いてほしいと思う曲を並べちゃいました。もう数日お待ちくださいませ。
  • 2010-04-17 09:33
  • URL
  • mkm #0ls4tc0A
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え~っ!!

ポスターにコンサートの曲名も載ってましたか?!
それには気付きませんでした。見てこなくては!!
  • 2010-04-17 09:34
  • URL
  • mkm #0ls4tc0A
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見てきました (^^)v

我が家のハードディスクの映像ではほとんど読み取れませんでしたが、DVDでは全部は無理でしたが、いくつかはわかりました。


A Sad Motive
Day Dream
(不明)
I think You Love Me
Silence
(ハングル表記?)
Love Poem で、これに続く3曲は読み取れませんでした。ピアノ♪さん、おわかりになりましたか?


ショパンのスケルツォは載ってませんでしたね。
  • 2010-04-17 23:42
  • URL
  • mkm #0ls4tc0A
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曲名

ハングルが読めないのと映像がぼやけているので間違っているかもしれませんが、私が読み取ったのは次のとおりです。


(不明) Sunday Afternoon Waltz
(ハングル表記) 너의 뒷모습(あなたの後姿)


↓ Love Poem に続く3曲
Nocturne for Clementine
Flying Petals
Song of Island


これも書いていけばよかったのにすみません。
ただ、コメントに入れてしまうとどうしても突っ込みたくなる。。。
ショパンがないからプログラムではないかも???
  • 2010-04-18 08:26
  • URL
  • ピアノ♪ #0IUSwUQY
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ありがとうございました!

"Sunday Afternoon Waltz"と ”Nocturne for Clementine"
"W" と "for" は何となくわかったので、きっとこれだと思います。"○○○ for Clementine" というタイトルをどこかで見た記憶はあって、「それかな?」と調べたのですがわかりませんでした。Nocturne でしたか。あとの2つも字数などから考えると、これですね。ありがとうございました。スッキリスッキリ。^^


ドラマ5話の帰国記者会見でイナが「クラシックだけでなく、クロスオーバー的なものも紹介したい」という意味の発言をしていましたので、グリーンミュージックとしては、このリサイタルではこちらを「売り」にしたかったのかもしれませんね。ポスターに突っ込みだすといろいろ出てきますので、これくらいに。^^
  • 2010-04-18 09:59
  • URL
  • mkm #0ls4tc0A
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このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2010-04-18 17:07
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匿名希望さま♡♡

貴重な情報をありがとうございました。m(_ _)m


  • 2010-04-18 17:27
  • URL
  • mkm #0ls4tc0A
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イナのせりふ

5話を見直したところ、吹き替え版では
「韓国では伝統的なクラシック曲よりもクロスオーバーを中心として、ピアニスト ユン・ジェハの新たな一面をみなさんにお見せするつもりです」と言ってました。DVDの字幕では「伝統的なクラシック曲よりも」がカットされてます。


なので最初からクラシック曲よりもユン・ジェハ自作の演奏がメインだったんですね。そういう約束(契約?)だったから、チェハはソウルに来てせっせと作曲に励んでたんですね。納得です。
  • 2010-04-18 17:32
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  • mkm #0ls4tc0A
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そよかぜおばさん

Author:そよかぜおばさん
韓国ドラマ「春のワルツ」で描かれなかった15年間に興味を持ち、何とかこの空白を埋めてみよう!と皆さんからアイデアを頂きながら進めてきました。ドラマ後の物語(ピアニスト クリス・ユンの復活)も同時進行させています。「空白の15年」はまだ6年ほど残っていますが、「復活編」はひとまず完結いたしました。


これとは別に趣味のクラシック音楽の話、印象に残った本やテレビ番組、映画の感想など思いつくまま気の向くままにお話ししたいと思います。

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