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トンイ 第50回 ~人々の思い~

どうして物事はこうもうまくいかないんでしょう…。
誰にも決して悪気はないのに、それぞれの思いでしたことが最悪の結果を招くことになってしまうなんて。もしかしたらこのまま平穏な毎日が送れるようになるかも?という期待が多少なりとも持てただけに残念で残念で…。(涙)


仁顯(イニョン)王妃が亡くなり、王妃の意思を守るためにオクチョンたちの陰謀を暴く証拠を集めていたトンイでしたが、そのことは世子を追い落とすことになると気づき、それよりも世子とクムがずっと仲の良い兄弟として暮らせるようにしてやることが子どもたちのためだとオクチョンに和解を申し入れました。


供も連れず、夜遅くにたった一人で全ての証拠を持って訪ねてきたトンイの話を聞いて、オクチョンは彼女が本気であることを感じました。なぜならトンイがここに来たことは誰も知らないわけですから、この場でオクチョンがトンイを無き者にしたとしても証拠は一切残らないのです。捨て身で敵地に飛び込んだトンイの真情溢れる言葉に、オクチョンはためらいながらもトンイを信じようとしました。


それなのに、それなのに………。
ちょうどその頃、王様はトンイをオクチョンと同じ嬪(ピン)という位(側室としては最高位)に任命する命令を出していました。その命令は公布まで極秘にするよう命じられていたのに、その場にいたスパイが(一応)オクチョン派のチャン・ムヨルに伝えてしまい、チャン・ムヨルは「これはトンイを次の王妃にするための布石だ」と感じて、オクチョンの陰謀を知る医女をトンイに差し出し(見事なコウモリ男です)、それを知ったオクチョンはトンイに騙されたと怒り…。


当時の朝鮮王朝では王妃の座を空白にすることはできなかったそうです。たとえ王が深く愛していた王妃が亡くなって、王としてはとても次の妃を迎える気持ちになれなくても、それは許されませんでした。世子が王妃の子でなかった場合は世子の母親が王妃になるのが最も自然なことだったようです。


しかし仁顯(イニョン)王妃は亡くなる前、王様に向かって「王妃の座は淑儀(スギ=トンイ)に」と言い残していました。トンイなら王妃になっても世子を大切にしてくれるから、と。オクチョンが王妃になった場合トンイとクムに危険が及ぶことは明白でしたので、世子とクムが無事に成長していくためにはトンイを王妃にする必要がありました。しかし賤民出身のトンイを王妃にしようとすれば重臣たちの猛反対は必至ですし、何よりトンイ自身が望まないだろうことが王様にはわかっていました。オクチョンが王妃になってもトンイやクムに危害を加えないと信じられないだけに悩んでいたのです。(だから事前にトンイには相談できませんでした)。


トンイが和解を申し入れたのが、王様がトンイを嬪にする命令を出した日だったことを知ったオクチョンは、トンイが自分を罠に嵌めようとしたと思い込み、トンイを訪ねたところで次回に続きます。


この当時の慣習がよくわからないのですが、オクチョンもかつては宮廷を追放されるくらいの罪を犯していますし(将来の王の母であるから、という理由で嬪の地位に降格で済みましたが…)、トンイもコムゲの頭をかくまった罪で宮廷を追放されていますから、両者とも前科ありということで王妃は然るべき家から迎えれば良いのに…と私なんかは単純に考えてしまいます。オクチョンとて両班の子ではなかったのですから。もしかしたら新しくきた王妃が王子を産んだ場合、その子を世子に…なんて話になると、オクチョンの息子の地位が危うくなるということなんでしょうか。


「それが宮廷であり、それが政治だ」という言葉が何度も出てきます。確かにそうなんでしょうね。自分の命や地位を守るため、相手を陥れようとあちこちで陰謀策略が繰り返されます。敵に嵌められないように、敵を窮地に追い込めるように、皆 智恵を絞っていたのでしょうね。


話は変わりますが、世子は自分が何の病気なのか気になってたまらず、クムに手伝わせて自分が飲んでいる薬の成分を調べます。そして自分が「痿疾(イシツ)」という病気であることを突き止め、真っ青になります。「痿」という漢字は「しびれる」という意味です。(「痺れる病気」って何のことやら?です)。これが将来 子孫を残せないかもしれない病気ということが当時は知られていたんでしょうが、まだあどけなさが残る世子の呆然とした表情が何とも痛ましかったです。世子はこの時、数えで13歳の少年です。今でいうなら小学校6年生。恐らく第二次性徴もまだ現れていなかったであろう少年にとって、どれだけ残酷な事実だったことかと思うとフィクションとは思っても胸が痛みます。


今でもこの病気はあるんでしょうか? それとも病気自体を脚本家がこしらえたんでしょうか?
医師たちは「将来、子孫を残すのは難しいかと…」とか、「子孫を残せないかも…」という言い方をしており、「子孫を残せない」とは断言していないのですが、それだけでどうしてあれほどオクチョンやチャン・ヒジェが慌てるのかも不思議です。「残せないかも」であるならば、残せる可能性も少しはあるということなのですから、いつものオクチョンの強気で「うちの子は大丈夫!」と押し切りそうなものなんですけれど。(と、この話題が出てきてからずっと疑問に思っています)。病気がなくても何故か子どもが授からないという人は世の中にたくさんいるのです。クムにしたってまだ数えの7歳。将来子どもが授かるかどうかなんて、まだ誰にもわかりません。なぜそんな小さい子を恐れるんでしょう? 王として世継ぎを設けることが大切なのはよくわかっていますが、どうしてもダメだったらその時に考えたらいいんじゃないの?と考えずにはいられない現代のオバサンの感想です。





mkm






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Author:そよかぜおばさん
韓国ドラマ「春のワルツ」で描かれなかった15年間に興味を持ち、何とかこの空白を埋めてみよう!と皆さんからアイデアを頂きながら進めてきました。ドラマ後の物語(ピアニスト クリス・ユンの復活)も同時進行させています。「空白の15年」はまだ6年ほど残っていますが、「復活編」はひとまず完結いたしました。


これとは別に趣味のクラシック音楽の話、印象に残った本やテレビ番組、映画の感想など思いつくまま気の向くままにお話ししたいと思います。

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