トンイ 第52回  

「過ぎたるは及ばざるがごとし」


ドラマを見ている間、この言葉が何度も頭をよぎりました。
「世子を守らねば。そのためにトンイとクムを追い出さねば」というオクチョンの思いが強過ぎて、それが世子を追い詰め、結局はオクチョンが最も恐れていた事態を招くことになったのです。(ため息)


最初は世子の行方がわからなくなって、オクチョンは ただただ心配していました。ところが世子とクムが一緒に宮廷を出たらしいとわかるやいなやクムが世子を唆したと決めつけてクムを罰せよ追放せよと言い募り、世子の話には一切耳を貸そうとしなくなったのです。

オクチョンだけでなく、オクチョン派の重臣たちまでクムを罰せよと大合唱を始めて宮廷中は大騒ぎになってしまって、世子は自分のせいでクムが傷つけられると心を痛めます。そしてとうとう王様を訪ねて、自分は大病を患っていて世子の座を守る資格がないと告げてしまうんです。


オクチョンにとっては「トンイとクム=悪→排除すべき者たち」でしかないようです。二人が目障りでたまらず、世子の座を奪われるのではないかとの不安(もはや恐怖になっていたかも?)にいても立ってもいられなかったんでしょうね。でも世子はただクムが可愛くて、兄弟として過ごしたかっただけだったのです。そんな世子が、本当は自分がクムを連れ出したのに、すべてをクムのせいにされクムが責められていると知ったらどんなに苦しむか…。


少しでもオクチョンが世子の思いを汲み取ってやれれば、トンイの本当の気持ちを受け入れることができていたら世子だってここまではしなかったでしょう。何も悪くないクムを大人が寄ってたかって宮廷から追い出そうとするから世子としてはクムを守るためにああするしかなくなったんです。今回は世子が王様に告白したところで終わりましたから、オクチョンがそのことを知るのは次回になります。どんな騒ぎになりますやら、今から気が重いというか心が痛むというか…。あ~あ。


今までは規則に背いたことのなかった世子でも、そろそろ思春期にさしかかり自己主張もし始める年頃。いつまでも母親の言いつけを素直に守る幼子ではないのですが、オクチョンにはそれがわからなかったんでしょうね……。世子を守ってやれるのは自分しかいないと思い込むあまり、突っ走りが過ぎました。子どもを思う気持ちから出ることなのに(もっともこの場合、トンイへの敵意もかなり強かったのは事実ですが…)、その思いのためかえって子どもの気持ちを見失い、見当違いの方向へ暴走してしまったことが残念でたまりません。


子どもたちはただただ相手を思い、必死に庇いあってます。その姿がまた健気でほろりとさせられますが、その姿から王室に生まれたばかりに背負わねばならない荷物の重さが感じられてまた涙…。普通の家の子だったら
「兄さんが行こう行こうって無理やり誘ったんじゃないか!」
「なに? 俺が帰ろうと言った時にもう少し遊びたいって言ったのはお前じゃないか!」
などと言い合って、もしかしたら取っ組み合いを始めたりして、しまいに親に叱られていつの間にか仲直り…でしょうに。。。


「すべてはこの子たちが王を父と持ったことが原因だ。余にとっては二人とも大事な子どもだが、重臣たちにとっては権力争いのための世子と王子でしかないのだ」という王様の言葉が重く哀しく響きます。


子どもたちの一途で純粋な思いの強さと、二人の子どもに寄せる王様の大きくて深い愛情がしみじみと感じられるお話でした。それだけに目先のことにとらわれてそれ以外の物が目に入らなくなっているオクチョンたちの愚かさ、哀しさが際立って、腹が立つと言うよりもたまらなく切なくなりました。




mkm







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Author:そよかぜおばさん
韓国ドラマ「春のワルツ」で描かれなかった15年間に興味を持ち、何とかこの空白を埋めてみよう!と皆さんからアイデアを頂きながら進めてきました。ドラマ後の物語(ピアニスト クリス・ユンの復活)も同時進行させています。「空白の15年」はまだ6年ほど残っていますが、「復活編」はひとまず完結いたしました。


これとは別に趣味のクラシック音楽の話、印象に残った本やテレビ番組、映画の感想など思いつくまま気の向くままにお話ししたいと思います。

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